府立南清水高等学校前 AM8:20

京都府立南清水高等学校は普通科・商業科・工業科による総合高校である。総合高校とは学生人口の減少と義務教育制度外という要素から発する商業理念から生まれた学校経営者陣の苦肉の策である。

また、 総敷地面積1500平方メートル、在校生2500人、教職員および事務職員100人強の大所帯でもあるのは、総合高校と称するゆえんである。

そんなマンモス高校も一面青々とした田園風景の直中にあってはどこか所在無げだ。

南清水高校創立時は田園地帯の真ん中に私鉄と小さな国道が並走しているだけであった。京都市南部に位置し、元々干拓地であったため地価高騰のあおりを受けなかったためだ。その東側半分がマンション街となったのはここ1年の間のことである。行政のテコ入れもあったらしい。

南清水高校のある西側半分は未だ手付かずであるが、それも時間の問題であろう。

そういった立地条件からこの高校への交通手段は、国道を走るバスと私鉄、あるいは徒歩、自転車ということになる。学校周囲は縦横に農道が走っているが東方向以外の道は行けども行けども喉かな田園風景ばかりで、事実上、私鉄駅につながる真っ直ぐな道だけが唯一の通学路となる。

そのため、この時間ともなると周囲はすでに多くの学生たちでごったがえし、昼間には無い活気を吹き込んでいる。

7月にはいると京都の夏は本格化してくる。朝のラッシュ時でもその日差しは昼間のそれと大差なく容赦がない。しかし、夏休みを間近にひかえた彼らにはそんな事すら気にならないようだ。

 

ベーカリーショップ「ナカガワ」 AM8:24

「あちー」

なかには例外もいる。

「うるせーな、おめーは…さっきから」

ベーカリーショップ「ナカガワ」はその唯一の通学路にある唯一の食品店である。南清水高校生徒・教師を問わず、数ある昼食調達の拠点の中で最重要拠点とされている。朝の登校ラッシュ時となるとその地の利が活かされ、一日の最高購買量を発する。ちなみに「ナカガワ」の売上げの90%以上を南清水高校が貢献している。

また「ナカガワ」にはベーカリーショップの名にふさわしくないほどの品揃えがある。それほど広くない敷地内にパンの陳列、弁当、たこ焼き・お好み焼き用の鉄板セットから文房具、果てはゲームの筐体が数台と、店内は大量の物資と大量の学生、一部教職員とで雑然としている。店外にも学生たちはあふれ、ズラッと並んだ自動販売機の前にひしめき、ワイワイと騒いでいる。

しかし、学生で溢れかえっている「ナカガワ」にも誰も立ち入ろうとはしないエリアがあった。店の入り口から並んでいる自動販売機の最後尾、夏の暑さに文句を言い、ヤンキー座りを決め込んでいる男子生徒と、それをなだめているのか、子馬鹿にしているのかわからないセリフを吐いていた男子生徒がいるエリアだ。

「おせーなしかし…」

つくづく文句の多い男である。

「ああ。」

自販機にもたれ、コーラをチビチビ飲んでいる男子生徒も今度は同じ意見のようだ。

二人の前を学生たちが流れていく。ほとんどの学生は二人を見ない。自然な振る舞いのように見えるが、作為的なものであると、二人は空気で感じていた。とはいえ今更始まったことではないし、今は気にもしていない。

「けど、その話、本当か?」

「又聞きやけどな…せやけど、そいつは…!」

言いかけたセリフを飲み込んで、アッと叫び声をあげたヤンキー座りの生徒は、普通よりやや下に巻いたバンダナの奥のつり眼を見開いて立ち上がった。片割れの生徒が、相方の視線をすばやくたどる。茶髪のロン毛一歩手前の髪がゆれる。

「先輩!柏木せんぱい!!」茶髪が続いて叫ぶと、二人は同時にダッシュしていた。

呼ばれた本人は立ち止まって、きょとんとしていた。この時間帯、クラブの後輩たちから「先輩」と呼ばれることはよくあることだが、先ほどの声は後輩たちのとは違う。

しかし、「ナカガワ」の人込みをかき分けて走ってくる、茶髪とバンダナの二人をみて表情が和らいだ。

「ああ…赤木君に葛城君、おはよー。学校来てる?」

赤木と呼ばれた茶髪生徒は柏木先輩の正面1メートル前に止まり、おはようございますと丁寧に挨拶する。