S1開幕

 浴室から響くのは、シャワーの飛沫。
 立ち上る湯気の合間に、つぶやくような小さな声。
「オポジション……、スクエア……、セキスコードレイト……」
 瑞々しさすら感じさせるその声音は、俗世の穢れを知らない、無垢な少女を連想させる。
「海王星を中天に、双魚宮を第八に」
 とめどない飛沫は、少女の肢体にはじかれ、輝く。
 しかして純白の、閉ざされたこの空間をさんざめく飛沫は、静寂以上に少女のつぶやきを際立たせる。
「悠久の、刻を、統べる、王よ、今、ここに」
 象牙色のタイルの上をすべるように湯が排水口に吸い込まれていく。
「今、ここに、誓おう、その、忠誠の、証、朱の、烙印、」
 か細い少女の声も、シャワーの音に流されて、湯とともに流れ落ちていく。
「我が、……血と、……肉を、もって、」
 湯の中に、赤い糸が紛れ込む。
 長い糸は途切れることなく、逆に色濃くなっていった。

「郁子さん、お友達からお電話ですよ」
 擦りガラスの向こうから聞こえる、年配女性の呼びかけに応える声はなかった。
 すでに少女の声もない。おそらくは声の主であったであろう少女らしき姿が、シャワーの飛沫にさらされているだけだ。
 バスタブに背を預け、洗い場に足を投げ出している。
 両腕もだらりと下げられ、その姿に生気は感じられず、肌の白さと相まって、さながら人形のようだ。
 ただ一つ、手首から流れる血が、それが少女であること示している。

「郁子さん?」
 脱衣室からの声に反応するものはなかった。
 柄の細工もみごとな白銀の短剣が、赤い流れに洗われて、妖しげな輝きを湛えていた。


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