異常な発汗、意味不明な言動、しかし瞳孔は開いていないし、悪寒も感じていないらしい。
 涙声で慌てふためいている御子神をたしなめると、もう一つ回線を開いて草薙に繋ぐ。
 SWATから上がってきて間が無い御子神にはウチの尋問はキツかろうと、今まで立ち会わせていなかったが、初回でいきなりコレだ。

『はい、草薙』

 無理矢理意識を覚醒させたであろう草薙の、眠気まじりの声と共に、俺の視界半分を「SoundOnly」という文字がふさぐ。
 二宮ぁ。調整してくれっつったろうが。脳接に網膜投影なんてやってるヤツ、そんなにいるワケじゃないんだから。
 悪態をつきながら視界を元に戻すと、将校の制服が、悪い意味で良く似合う、頭の髪がかなり厳しくなったオヤジがまだ喋っている。
 まだ魚釣りの話をしているようだ、オヤジが笑うのに合わせて俺も笑う。

『休んでるところすまないが、今朝の男の件で御子神がトラブってる。行ってやってくれ』
 草薙に指示を出しながら、ふと先程の二宮という名詞で、先週、科研が自白剤に新薬を投入したことを思い出した。
『科研の新薬のせいかもしれん。こっちで連絡とっとくから、向こうに合わせてくれ』
 草薙の短い返事を確認すると回線を切る。まぁ、今朝の件でヘコんでたかもしれないが、支障はないだろう。

「今度、休暇とれたら琵琶湖へ連れてってやるよ」
「それはありがたい。そっちのスケジュールに合わせるよ。横須賀には、しばらくいることになりそうだからな。」
 そんな事を言いながら目の前の海軍中佐は上機嫌で笑いだしたので、俺もそれに合わせた。
 頭の中で二つの事を進めるのは、脳接のお陰で慣れているが、二カ国語というのは、少々キツい。そのせいで、俺の笑みは少し引きつっていたかもしれない。

『わかりました田中さん。じゃあ、待ってます』
 俺と草薙との会話をバイパスしてたらしい。かなり落ち着いているようだが、少しトーンが低すぎるかもしれない。
『瞳孔に異常がなければ、死ぬことはない。気にするな』
 とりあえず、フォローを入れて御子神との回線を切るとすぐに科研へ繋いだ。

「そんなに長いのか?」
 しっかり太鼓腹の中佐はその一言に表情を鋭くした。
「あいかわらずキツいなアラカワは。知ってるだろ?」
 ようやく本題に入ったようだ。俺は矢継ぎ早に科研の二宮に事情と新薬投入への罵詈雑言をまくしたてて回線を切った。
「同じヤツを」
 通りがかった日本人ウェイトレスにグラスを渡すと、俺はゆっくり店内を見回した。唯一ジャズの生演奏が聞けるこの店が、未だ基地内にあるのは俺にとって幸運なことかもしれない。必要以上にひらいたテーブルの間隔と演奏が、会話を内密にしてくれる実用性もあるが、俺の趣味に合っているというのが大きな理由だ。

「ああ、知ってるさ。本当なら紅海に向かってるハズな、お仲間の第6艦隊がもうじきハワイに着く事も」
 そこで言葉を切ると上着の内ポケットからタバコを取り出して火を付ける。このオヤジには、こういう臭い間が効果的なのだ。
「秘密の演習の事も。」
 軍隊なんてな、どこも似た様なもので、新兵の頃こきつかわれた分を取り戻そうと、退役ギリギリまでイスを暖めてるヤツらがゴロゴロいる。目の前のオヤジも、そんな年功序列という組織体系にしがみついている一人だ。
 その海軍中佐が沈黙を保っている。素人目にはわからないかもしれないが、少し瞳孔が開いている。この程度の酒で酔うはずもない。今回のネタにしようとした事柄を俺がすでに知っていることに驚いているのだ。

 内調の情報力をナメるなよ。

 だが、その沈黙は一瞬だった。それはそれで俺を驚かせたが、逆にこの男はまだまだ使えるということだ。俺は少し安心した。アセットの調達は容易ではないからだ。

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