雑貨屋やさっきのバーが連なる通りを抜けて、メインの通りに出る。
 時刻は0時をまわっている。さすがにこの時間ともなると、往来はほとんどなく、路上を照らすオレンジ色の街灯だけが目に付く。
 どうにも腹が減った。
 そういえば、昼から何も食べていない。中佐はアルコールが主食らしいので、しかたなく付き合っていたが、メシでもタカっておけばよかった。

 駐車場に向かいながら、少し整理してみる。
 といっても、それほど収穫があったわけじゃない。どちらかといえば、手元の情報の裏付けがとれた、といったところか。
 航行予定の事後修正を頻発させ、あげくこっちが常時把握してた原潜の半分をロストしたり、ここ1ヶ月米国海軍の慌ただしさは尋常じゃない。
 それらが全て、新手のプロパガンダのテストのために行われているという。
 中佐は『兵器』というニュアンスを持っていたが、どうにも目的と手段のバランスが悪い。だいたい、――

 突然轟音が響いた。

 はじかれたような地面の振動と同時に一瞬、俺の影が歩道にうつる。
 爆発。それもかなり近い。テロか。
 背後の光景を見たいという衝動をなんとか押さえて、周囲を見回す。
 場合によっては危険な行為だが、周りと同じ事をしているのでは、有効な情報を得ることは出来ない。

 通りの向こうに中級将校らしき男が二人、俺の背後で燃えさかっているであろう、倉庫だかなんだかを呆然と眺めている。
 その横で通用ゲートへ向かおうとしていたハンビーが停車する。
 手前の車道では、たぶん民間業者のものだろう、白いバンが駐車場に入ろうとして急停車した。フロントガラス一面に炎と黒煙が映っている。
 かなり規模が大きそうだ。ノースドックは大丈夫か。
 反対車線に視線を戻すと人影が一人増えているのに気づいた。ハンビーのドライバーだ。たぶん女。制服から察するとこれも中級将校のようだが、こちらに背を向けているのでそれ以上はわからない。

 話をしている三人を視界の隅に置きながら、俺は腰のグロックを確認する。
 あの女、俺と同じで背後を見ようとしていない。

 不意に草薙の顔が頭をよぎった。
 自分ではそうでもないと思っているのだが、今朝の一件が気になっているようだ。
 草薙には、よく経験則で動くことの危険性を示唆される。
 カンは所詮カンだ。俺自身、自分の行動にはっきりとした根拠があるわけでもないので、彼女の言い分に反発するつもりもないし、むしろ俺に無い要素を持っているから良い刺激になる。
 だからといって、彼女のように論理だてた行動をとろうとも思わない。今がその状況だ。

 考えてみれば妙な話だ。
 俺は自分と同じ挙動の女性将校を怪しいと判断したわけだが、黒スーツ上下を着込んだ日本人がこの時間にこんな所をうろうろしている方がかなり怪しい。
 そんなことを考えながら車道を渡る。
 問題の女は歩道の将校二人に一言二言交わしたあと、ハンビーに戻ろうとしていた。
 一瞬目が合う。
 距離は10Mほどだ。はっきりと人相が見えたわけではないが、真っ赤に照らされたその顔には、サディスティックな笑みが貼り付いていた。
 気が付けば、俺の右手はグロックを抜いていた。それほどヤバそうな女だった。
 理性で後ろ手に急制動をかけて、なんとか銃を外にさらすのを止める。
 だが、バレた。
 女はショートバレルのパイソンを抜いていて、あろうことかこちらに向けている。
 反射的にもと来た歩道へ身を翻しながら、俺も銃を抜く。
 すぐに乾いた銃声が2発鳴った。
 バンに身を隠しながら女を確認した時、俺は悪態をついた。
 将校二人が倒れている。ハメられた。

 無防備な将校を始末した女は振り向きざまに引き金を引く。
 牽制なぞ、当たるわけがない。
 バンのボディがへこむ音を聞きながら、俺は眼球奥にある、二宮曰く光学センサーで女の大体の人相と背格好を記録する。同時に軽い痺れが右腕にはしる。
 準備完了。バンから飛び出す。
 女はリロードを完了していたが、それでも一瞬躊躇する。無謀にも見える俺の動作に退くか攻めるか判断しあぐねているのだろう。
 目標を目で追うのと同じ感覚で右腕が動いて、勝手に引き金を引く。
 勝手に、といっても厳密には俺が指示を出しているのだが、どうにもこの感覚には慣れることが出来ない。
 女はボンネットに手をついて側転の要領で後退する。
 良い勘をしている。それとも右腕の光神経がイカれたか。

 女が巨大な倉庫の隙間に逃げ込むのと、俺が車道を渡りきったのは、ほぼ同時だった。
 足下には哀れな将校二人が倒れている。一人は後頭部から脳漿を撒き散らして絶命。もう一人は胸に食らっているが運が良ければ助かるだろう。

 女の対応にまったく躊躇がない。それどころか俺を牽制する余裕まであった。
 悪い予感がする。バックアップを呼ぶべきか。
 バックアップって誰を?ここは日本国内にある米国だ。
 そう、これは俺の領分じゃない。
 SPかなんかに任せてさっさと食事に行くのが得策だ。
 なにかメリットがあるわけでもない。
 いや、俺の中では、中佐の話と爆破テロが結びつきかけていた。
 納得いく根拠は、やはり無い。
 逆に女を確保できれば何らかの情報が得られるかもしれないと思っている。草薙の呆れる顔が浮かんだ。
 コンクリートの壁に背をつけて、薄暗い倉庫の隙間をうかがう。

 腰を下げて、一瞬だけ中をのぞき込むと、そのまま突き当たりの裏口まで走る。
 半ドアになった扉の向こうに灯りはない。しかし相手はプロだ。ならば熱光学フィルターくらい用意していてもおかしくないだろう。
 それよりも、ドアをこじ開けた形跡がないのが気になった。考えている暇はないが、どうにも嫌な予感がする。
 俺は、英語が通じるだろうか、などと考えながらドアを蹴り開けて、叫んだ。
「撃つな、さっきの男は片づけた」
 そのまま、暗闇に5〜6発バラまいて、倉庫の中に飛び込む。

 すぐさま暗闇から露光補正された室内が浮かび上がる。
 安物の間仕切りが俺を囲む狭苦しい空間に申し訳程度の事務机が1セット。ここは詰め所だろうか。
 そこからまっすぐ奥へ延びる通路がある。平行して3本、計4本の通路に、途中5つほどの通路が交差している。コンテナ限定の整然とした倉庫だ。フォークリフトの移動を配慮してか、通路の幅も十分だ。

 唐突に警報が鳴り響いた。
 さっきの爆発に対してのものだろうと推察したのは一瞬だったが、女にとっては十分な隙だったらしい。真横の通路からナイフが飛び出してきた。
 反射的に上げた腕が、女の右腕とからまる。

 
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