定期メンテだというからようやく仮眠でもとれるかと思っていたが、世の中融通が効くようにできていないらしい。 『嘉手納、横須賀、佐世保、岩国の計4カ所、警備が手薄な場所を狙ってますね。それも1つの基地につき、3ヶ所から5ヶ所を同時爆破。念入りなものです』 草薙も俺と同じくらい眠っていないはずだ。にもかかわらず視界に投影されている彼女はいつもと変わった風でもない。急に自分が年寄りくさく感じた。 「基地一つに対して6、7人を3ないし4チーム。実動部隊だけでも100人強って計算になるな」 『バックアップは少なくともその2倍以上ですから』 「…300人か」 『概算ですけどね』 右腕がピリピリする。 肘掛けに固定された腕には、あいかわらず得体の知れないファイバーやら針などが刺されている。月に一度のメンテナンスのため感覚は遮断されているのだが、二宮曰く「未だに腕があると錯覚している細胞」が脳に刺激をあたえるらしい。 「どう?ちゃんと見えてる?」 前の座席で端末とにらみ合っている二宮がこちらに目もくれず聞いてきた。 腕はともかく網膜投影のテストを頼んだ覚えはない。しかし腕の調整が出来るのは彼女だけで、それは俺の命を繋ぐことを意味する。 彼女は生粋の科学者だ。機嫌を損ねると何をしでかすか分からない。数年来彼女と付き合った経験が素直に従えと警告していた。 草薙の声は科研の専用車のスピーカーを通して皆に聞こえているが、向こうには俺の声しか聞こえない。 俺が無言でうなづくと、二宮の背中越しに画面を見ていた御子神が「よかったですね」と言って笑った。 昨晩の尋問は相当ショックだったようだが、今朝会ってから微塵もそういった素振りを見せない。立ち直りが早いのは若いからだろうか。 どうにも年齢の事で後ろ向きな思考になりがちだと思ったら、徳間がいないせいだと気づいた。知らないうちに他人に依存している自分に驚く。 「だが、この見積もりを下回ることはないだろう。とすればこれだけの頭数を一度に動かせる組織が背後にいるということになる」 『相手が絞り込めますね』 スピーカー越しでも声に張りが出てきたのがわかる。 一通り報告をすませると、決まって草薙の調子が上がってくる。別に報告に手を抜いているワケではないのだが、今後の展開や憶測を話し始めると彼女は実に嬉しそうだ。 「どうにもしっくりこない」 『は?』 昨夜からひっかかっていたモノを吐くことにした。 純粋に相談ではあったが、草薙をテストする意味もある。 「今、おまえが頭に浮かべているヤツらを米国が無視してたと思うか?なぜ事前に網にかからない?」 『単独犯ではないという意味ですか?』 即答してくる。この辺りまでは考えていたという事だな。 「その可能性はアリだと思うがな」 『しかし複数の組織がからんでいるとしても、事前に察知できなかった理由にはならないと思いますが?』 「からんじゃあいない。相互に独立していたとすれば納得いかないか?足並みをそろえた犯行に見えたのが実は結果だけだったとしたら?」 さすがに少し間があく。普通なら呆れ返ってもおかしくない話だ。 『まったく関連の無い組織が偶然同じ日をテロ決行に選んだというんですか?それは――』 「確かに飛躍しすぎかもしれない。だがもう一つ。事前に網にかからなかったのもあるが、静かすぎやしないか?テロなんざ戦争の次に質の悪い外交だ。なのになぜ米国なり日本なりに取り引きを持ち掛けない?」 『ええ、イスラムの過激派や新赤軍あたりが声明文を送り付けてきてますが、どれもいつもどおりのものばかりではありますね』 「どうも気に入らない。突発的すぎる。まるでそこいらのテロ屋の発作的犯行のように予兆もなければ余韻もない。なのに規模だけは大きい」 俺は言葉を付け加えた。 「このバランスの悪さはなんだ」 『単に動きが鈍いだけなのかもしれません。もう少し調べてみます』 堅実な判断だ。心配してなかったがこれで確信が持てた。 それに米軍を内偵していたのが課長にバレたし、良いタイミングかもしれない。 「いや、徳間に引き継がせる」 『では』 草薙の言葉を遮る。 「おまえと御子神は休ませる。状況によっては別件にアサインするかもしれない」 『それは、どういうことですか』 少し間をおいた返事には困惑の色が混じっていた。 「そろそろおまえも部下を持って良い時期だってことだ」 『そんなっ、じゃあ田中さんはどうするんですかっ!』 草薙が激昂する。半ば予想していた展開だったが、どうにもならない。 「田中さん、草薙さん、チャンネル5のニュース!」 突然、御子神がさけんだ。 当然草薙には聞こえないので、伝えてやると手近なTVを探しに視界から消える。 さっきまで草薙の声がもれていたスピーカーからは、昨夜のテロ事件の続報が流れていた。 続報といっても、事件そのものからは離脱し、事件を探っていてたまたま掴んだ情報が主体となっていた。 それは米海軍が公開の義務を負っている艦隊スケジュールを、意図的に間違えることで戦力の隠蔽を謀っているというものだった。 まずい。 あっけにとられて視界外のTVを見つめている草薙に回線を開く。 「そっちに御子神を送る。引き継いだらそのまま4課に行って警視庁と自衛隊の動きをモニターしろ」 このタイミングで報道管制が敷かれないのはおかしい。 「悪いが休暇はとりやめだ。国防省の旧友にも連絡しとく。連携しろ」 「はい!」 俺の最後の一言で瞬く間に活気を取り戻した草薙は妙に元気な返事を残して回線を切った。 「御子神、そういう訳だ。準備してくれ」 草薙とは逆に肩を落としながら笑い泣きしている御子神を後目に、腰を浮かせた俺は目の前に白衣の女が居るのに気づいた。 「二宮ぁ、まだ終わんねぇのか?!」 「もう少し」 短く返事すると横にしゃがみ込んで、俺を見上げる。なんだか気味の悪い笑顔を浮かべてやがる。 「『はい!』だって。朋ちゃん嬉しそうだったねぇ」 「まぁな、仕事熱心だからなアイツは。こっちが呆れるほどだ。だいたいこんな仕事の何が楽しくてててテテテッ!」 静電気に感電したような痛みが右腕から連続して身体を駆けめぐる。 「今ビリッときたゾ、ビリッと」 「はい、終わり。もういいよ」 さっさと腕から部品を取り外した二宮は俺の非難を無視して立ち上がると、不機嫌な口調で言い捨てた。 「鈍感かと思ったけど、そうでもないのね」 「誰がっ」 本当に鈍ければ気苦労が無くてよかっただろう。 「田中さんはどうするんですか?」 気が付くとドアの前でツナギ姿の御子神が俺を見ていた。ツナギのサイズが少し大きい。 「そか、電気工事の車両だったんだな、建て前上」 シャツの袖を戻して上着を着る。 手狭な車内を横歩きで移動して、不思議そうな顔の御子神の側まで行く。 「徳間と合流して課長の所へ行く。いつまでもカルト教団の相手なんかしてられるか」 昼過ぎだというのに外は寒い。ビルの隙間に見える、うっとおしい灰色の空は冬の到来を予感させた。 滅入っているのは俺も同じで、御子神にはああいう風に言ったが瑠浬辺救済会に俺は敗北感すら感じている。なにしろ死人まで出して首根っこを押さえられずにいるのだから言い訳すらできない。 米軍がどうのという理由が無くても手を切ってしまいたいのが正直なところだ。 乱雑に並ぶテナントビルの奥の、一際高くそびえるビルを見上げる。 外資系企業まで丸め込んでいるとは、宗教団体といっても侮れない。 科研のバンが通りすぎた。 つられるように歩き始める。 昼休みも明けたオフィス街は人通りもまばらだ。 救済会を調べれば調べるほど当初の俺の見解が甘かったことに反省させられる。国内ではたかが知れた規模ではあるが、ここ数年で海外へのコネクションを拡大している。 比例して資金力も増大しているので、付け入る隙があるかと思ったがヤツらの統率力は鉄壁だ。 なにしろヤツらは魔法を使う。こっちは未だ対応策がない。 ふとバス停のTVが目に付いた。見ている者もましてやバスを待つ者もいない空間にTVはテロのニュースを垂れ流ししていた。去年のリムパックの映像だ。片隅に資料映像とト書きがされている。 間抜けな話だ。懐を突かれてヘビを出したといったところか。 恐らく中佐みたいな連中が、うっかり口を滑らせたのだろう。テロと実験は全く関係がないのに。 昨晩の北欧女が思い浮かんだ。思い出すたびに邪悪さに磨きが掛かっている気がする。 まさか、こんなことのためにあの女は事件を引き起こしたのか。 ――笑わせる。邪推だ。 休暇が必要なのは俺かもしれない。 気を取り直して歩を進めると、ほどなく徳間のバンが見えてきた。 「?」 一瞬、徳間かと思ったが違う。運転席側のドアの前に女が立っている。 一ヵ月ほどショートカットを放ったらかしにしたような髪に、ライダースーツらしきツナギとフライトジャケット。 「なんだ?」 女は丸腰だったので心配はしなかったが、車内に見せるようにヒラヒラさせている紙切れが気になった。 |
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