徳間の頭に突きつけていたSOCOMを下ろした代わりにグロックを右肩に押しつけて撃つ。
 車内の防音は完璧らしいが用心に越したことはない。
 徳間は上体を傾けたが、それは反動によるものだ。俺の元に来る以前からそれなりの場数を踏んでいるこの男に9ミリは脅しくらいにしかならない。
 仕方がないので銃床で傷口を殴って場所を空けさせる。
 今度は堪えたらしく、うめきながら倒れ込んだ。車体が揺れる。

「骨に当てなかった俺の慈悲に感謝しろ」
 仕事がら変な知恵をつけてしまったので、現役だったころより質が悪くなったかもしれない。
 なんにせよ悪癖というやつはなかなか抜けないらしい。
 こいつの、殺人犯を用意してしまえるほどに強力なコネクションを刑務所で風化させるのはあまりにも惜しかったので拾い上げたが、偽名とはいえ、他人の前で名前を口にする程度ではまだ使えない。
「向こう行って治療してこい。ほれ、キリキリ動け」
 足で小突きながら言うと徳間は何も言わず、背後のカーテンをくぐった。

「あんたはだめだ。まだ動いていいとは言ってない」
 後ろ手に拘束されながらも起きあがろうともがいている女に釘を差す。
 女は素直に従ったが、今ので俺の位置がわかったらしく、こちらに顔を向けた。
 眼鏡こそかけていないが、学生と見まがう童顔には見覚えがあった。やはり救済会関係でよく見かける記者だ。八千草とかって名前だったはずだ。御子神の報告を思い出す。
 しかし雑誌記者ごときに張り込みがバレるとはずいぶん甘くなってしまっている。しかも写真まで撮られているとは、これでは草薙に言い訳もできない。

「でも、話は聞いてくれるわけね?」
 初めて聞く女の声に一瞬耳を疑う。まだ余裕があるとは大したものだ。
 余裕?
 それはおかしい。余裕の力点が違う。銃を使ったのは分かっているはずだ。まだ日本ではそんな状況に陥る事はめったに無いし、冷静に対処できる者は少ない。しかし、なんらかの理由で場慣れしていたとしても、まっさきに今の状況を回避する手段を講じるはずだ。
 なのにこの女は、まだ話ができるのではと思っている。
 記者なんてな海外での仕事もあるようだが、そういった時の経験が余裕を作り出しているのか。
 いや、そもそも女は状況が理解できないほど錯乱しているのかもしれない。トリガーに指を掛け直して女を改めて見る。

 救済会を探る文屋はかなりいる。しかし布教事務所だけでなく表向き救済会と関係のない施設で見かけるヤツは多くない。
 その数少ない文屋も大抵は救済会のシンパか親救済会的記事を書いてる輩がほとんどだが、この女はそうでもない。たまに読む雑誌で見かけるが、無難な記事を書いている。
 専門家の意見を多用し、あくまで客観的に救済会を分析しているような内容だった。
 ただ、所々に”毒”のような含みが見られた。

 記者の無様な姿は交渉の場にふさわしくないが、表情はいつもと変わりなかった。表向きとりすましていながらも、互いの立場を逆転させうる何かを懐に持っていると感じさせる不敵さが含まれている。
 彼女の記事と同じだ。
 銃口は向けたままだが、引き金からは指を離すことにした。


 
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