海上浮遊都市実現にむけて、経験値を積んでおきたかった建設省は大手外資系電力会社の申し入れに諸手を上げて喜んだ。 たとえテストケースであるといっても、「出島」の様相を呈したメガ・フロートは、諸産業が誘致に乗り出すにはいまひとつ魅力に欠けるものだったからだ。 その点、エネルギー産業となると話は変わる。 通常の二次生産産業と異なり、物資の搬入出や稼働要員が少ない点はうってつけであるといえた。 加えて膨大な敷地を必要とする太陽光発電は、「慢性的土地枯渇を解決する」という今回の構想のイメージアップをはかれるものだった。 2年前、この事業は大々的に取り上げられ、そしてほとんどの分野において歓迎されていた。ただ一つの問題を除いて。 それは建設予定地だった。 もともとメガ・フロートは外海での活用を目的としている。だから今回のテストケースを湾内で行ったのでは意味がない。その点では建設省もDE社の意見を理解していた。 しかし陸から60キロは遠すぎる、領海を越えているのだ。接続水域を含めた領海は44km、通称200海里条約、国連海洋法条約で定められた370kmというのは外国籍船舶の規制すらできない、経済水域というヤツだから当てにならない。 DE社は効率的な発電を行う最適な地点だとコメントしているが、けっきょく明確な裏付けはなかった。それに以前からDE社と軍需産業との結びつきは噂されていたし、日本海域内に非合法な米軍前線基地ができるのではないかと、国防を預かる立場の者たちにとって、気が気じゃなかった。 そういえば中佐と接触したのはあの頃だった。 脅迫、買収、偽装、国防省は自分の姿をちらつかせながら露骨にこちらの調査を妨害してきた。おかげで4課が骨抜きにされ、その報復も含めて海軍にねじ込んでいた時に出会ったのだ。 結果、個人的にメリットがあったわけだが、事態はうやむやに終わり、問題の「出島」は事実上、治外法権となっている。 そんないきさつのある発電所と救済会が結びつくとは思ってもみなかった。 中佐の言っていた「扇動兵器」が嘘でなければ、マインドコントロールを布教の機軸としている救済会のデモは米軍の実験と無関係とは思えない。 「建設されてもう2年も経ってるのに、生態系だの大気循環がどうだって、私から見れば、なにを今更って感じだわ。そもそも環境問題なんて救済会は今までこれっぽっちも見向きしなかったのよ」 俺の思考とは関係なく女はまだ喋っていた。少し愚痴混じりな口調は、おそらくここまで救済会の実状を知っている者がいなかったせいだろう。話したくてしようがなかったのかも知れない。 「それは何とも言えないな。DE社とトラブルが発生しているのかもしれないしな。共存関係を破棄するつもりなら、”メガ・フロート”はいい口実だ」 俺の言葉に女はムッとした表情を返した。 やおら大きくため息をついて、大仰な動作でシートにもたれる。 「もう少し上手くやれると思ってたんだけどなぁ」 自嘲まじりな女の言葉を俺は理解できなかった。 「否定して見せることで真実をうやむやにするってわけね。ホント役人の発想だわ」 女は身体を横向ける。目だけがこちらを睨んでいた。 「そっちが欲しい情報は取れたんでしょ。もういいわ、帰して」 俺は女が拗ねている事にようやく気がついた。 基本的に頭の回転は早いようだ。しかし実践が伴っていない。 「そうだな、潮時だな。―いやしかし、ウチの部下が手荒なマネをして悪かったな」 言いながらドアを開けてやる。思ったより外の明かりはまぶしくなかった。 視界を取り戻した女は、はじめて俺を見たにもかかわらず、一瞥だけくれると、黙って上着に袖を通し直す。 「役人ってなんで、痛くない事にしか頭を下げられないの?」 目の前を通りすぎざま、女はこちらを見ずに言った。 「一つ忠告しとこう」 俺の一言に女は車を降りてすぐのところで足を止めた。 「俺たちの素性を予測しておいて、よくこんなことが出来たものだ。自信をもつのは結構だが、長生きできないかもな」 「別に構わないわ。だから、自分に自信があったわけでもないのよね。もう手が残ってなかったってだけ。…必然だったのよ」 背を向けたままぞんざいな口調で応える。俺はなおも引き留めた。 「もう一つ忠告しておく。メガ・フロートへ行く気ならやめとけ、米軍がなにかやらかすはずだ」 女はようやく横顔を見せた。 「…ハナルって聞いたことあるか?」 表情が一瞬緩んだ。おそらく俺が何を言っているのかわからなかったのだろう。それがみるみる変貌する。正体不明で大仰な機械のスイッチを入れたような、加速度的に生気がみなぎっていくのがわかった。 女は笑みを浮かべて一度大きく息をはいた。白い靄がきわだったように見えた。 「こっからはお互い干渉はなしだ、いいな?」 俺の念押しに女は無言で頷くと俺に正面を向けた。 「あさってのニュース・ターミナル、見てよね」 それだけ言うときびすを返して去っていった。 |
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