『うあ、ヤバいって』 ダシコフが目を見開く。 キーリクたちの『通信』に他者が紛れ込んでくる事自体、珍しいことではない。 大抵、その他者は自分がテレパスを用いていることすら自覚していない、いうなれば『素質ある一般人』だからだ。 しかし今回は妙に間が良かった。 『だれだ? 今のは!』 同時に車体を後ろから突き上げるような衝撃。 車の始動時とは明らかに異なるそれにダシコフは振り返った。 ヒビの入った後部ハッチの窓ガラス越しに、ボンネットがひしゃげたセダンが見える。 さらにその後ろのグレーの4トントラックから、ダークブルーの人影がわらわらと出てくるのが見えた。 それがフル装備のアサルト・マンだと気づいたとき、乾いた連射音とともに側面のガラスが割れた。 後方からの追突で一旦目標を足止めし、同時に片側面と後方から十字斉射を浴びせる。 毎分700発の9ミリパラベラム弾をバラまくドイツ製短機関銃MP5の銃口が都合20。頑健なドイツ車といえど、またたくまに変形していく。 きっかり5秒で斉射を止めると、車一台分後方へ退がり、バックアップ要員が装備しているM16からグレネード弾がスクラップと化したメルセデスバンに打ち込まれた。 実行制圧時間30秒足らず。 目標が防弾処置されていると想定しての、斉射をふくめた作戦としては次第点といえるだろう。 散開している武装警官らは銃のセーフティをセットしたり、防片マスクを外したりと各々撤収準備に入っていたが、視線だけは皆スクラップに注がれている。 盛大な轟音とともに火柱が吹き出す。 炸裂した爆風はドアを吹き飛ばすだけでは飽きたらず、周辺車両のガラスを割り、車体を跳ね上げた。 初弾のグレネードに誘発され、連続的に爆音が響く。 その爆音が変化した。 耳を弄する低い響きが、みるみる高音になっていく。 まるで笛の音だ。 何かの力でねじ曲げられた爆風が悲鳴をあげている。 しかも、爆風の出口は未だ狭められ続けていて、悲鳴もますます甲高いものになっていく。 「!」 武装警官たちが気づいたころには加聴域を超えていた。防片マスクの強化ガラスにヒビが走る。 リーダー格は銃の安全装置を解除しながら、空いた手で部下に指示をだし、続けてベルトに引っかけたレシーバーを操作する。 『状況、続行』 指揮官の応答を待たずに、発信先を切り替える。 『3秒斉射後、プラン2へ移行』 リーダーの指示を実行するタイミングを計るのはサブリーダーの役割だ。傍らの武装警官が発砲を開始する。すぐに発砲音は幾重にも重なる。 作戦前のブリーフィングで今回の目標の『特殊性』を知らされていた彼らの動きは迅速だ。 目標から少し離れたところから悲鳴が上がった。 一般人の声だ。はじめはパニックによるものだとリーダー格は思った。事が起こってから周囲が反応する落差はその国の治安の高さに比例する。このくらいのタイムラグは当たり前だ。 だがこの悲鳴は違う。 周囲の人垣が、ぽつり、ぽつりと崩れていく。崩れた跡には妙な形に曲がった、人であった塊が見える。 同時にあらぬ方向から破裂音が鳴り、ガラスの割れ崩れる音も聞こえた。 とっさに身をかがめつつも、リーダー格は、新たな武装勢力の介入、という考えには至らなかった。 人を肉塊に変えたり、何かを破裂させたのが銃弾であることはすぐに分かった。 そしてその射線は目の前の、時折炎をチラつかせながら、黒煙を上げているスクラップを中心に広がっていることを彼は経験から悟っていたからだ。いわゆる跳弾だ。 いつのまにかサブマシンガンの咆哮は消え、今度は本当にパニックに陥った群衆の怒号や悲鳴が空気を揺さぶっていた。 気体とは思えないほど濃密な煙が一度だけ揺れる。 すでにどの部分だったか分からないスクラップの一角が崩れ落ちた。 否、それは落ちたのではなく、降り立ったのだった。 まともなスーツ姿の欧米系男性。 リーダー格から、その姿は正面に見えたし、他の警官からもリーダー格と似たような視点、あるいは男の横顔が見れただろう。 にもかかわらず、それが人間であると認めるのに、ゆうに10秒はかかった。 |
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