「ご、ごめんなさいっ」
 路上でうずくまる女性につまづきかけて、まなみは反射的に謝った。返事も待たずに駆け出す。
 当の女性は頭をかかえてひたすら悲鳴をあげていた。

 まなみは焦っていた。
 本能的に危険を察知し、この場を逃れようと駆け出した彼女だったが群衆に阻まれ、思うように進めない。
 駅前交差点を渡りきったところで、建物の中は危険だと判断したまなみは右に折れ、阪急百貨店の赤レンガ沿いに進むルートを選択したのだが、実際のところ、交差点からまだ10メートルも離れていない。
 普段の雑踏なら周囲の人がどこへ向かおうとしているか分かるし、おおざっぱであるが先読みして、誰にぶつかることもなく前に進める。べつに特別な能力でもなく、誰もが無意識にやっている判断だった。
 だが今、まなみを取り囲む群衆の行動は全く予測が付かない。
 先ほどの女性のように泣き叫ぶ者や、ぼぅっとしていたかと思うと突然走り出す者、わけもわからず殴り合いをはじめる輩もいる。

 爆発音が道路側から聞こえ、悲鳴や怒声がそれに続く。
 すでにこの状況に慣れた彼女はビクつくこともなく、もはやただの障害物と化した人混みをひたすら掻き分ける。

 立ち上る黒煙、瞬く火花を視界の端にとらえながら、なんだか見たことがある光景だな、と彼女は思った。
 続けて、音量が大きすぎる、とも思って、まなみは今までスクリーンやモニターの向こう側に見ていた世界に自分が放り込まれていることに気づいた。
「うわっと」
 今度は避けきれず、サラリーマン風体の背中にタックルする。これで3人目だ。
 謝ることの無意味さに気づきはじめていたまなみは、謝罪の代わりに長身のサラリーマンを見上げた。

 案の定、まなみの事なぞ気にする風でもないサラリーマンは携帯電話片手にぼうっと突っ立っていた。
「えっと、なんか会社遅れそうです。……え、だって、なんか大変みたいなんです」
 妙に冷めた口調で受け答えしている。
「事故じゃないですよ。……え、だから変なんですって」
 語尾を荒げる。
 さながら行き場を失った苛立ちの矛先を見つけたかのように。

「あぶないって、しゃがみなよ」
 自分は身を屈めながら、何度もスーツの袖を引っ張る。
 中腰になった女子高生が突っ立ったサラリーマンの腕にすがりつく光景は、普段なら女子高生の方が滑稽に見えるはずだ。

 爆音や悲鳴にまぎれて連射音が聞こえた。
 同時にサラリーマンが崩れ落ちる。
「もう!」
 まなみはすでに駆け出していた。


 
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