目の前の女性をサイドステップで走り抜けようとした、まさにその瞬間だった。 女性が悲鳴に似た奇声をあげる。直前まで何か唄っていたようだが、その歌声からは想像もつかない声だった。 「わっ!」 崩れ落ちる女性に肩をつかまれ、大きく姿勢を崩す。肩をつかむ手を逆に掴みかえして、女性を支える。女性は背中から路面にぶつかる直前で、まなみの腕にぶらさがる感じで停止した。 両目をめいっぱい見開き、口をパクパクさせる女性の顔は真っ赤に染まっている。なんとか悲鳴を飲み込んだまなみは、落ち着いた所作で彼女を、そっと路面に下ろす。 何がどうなっているのか分からない。 ただ一つだけ、この女性はもう保たないことは分かった。 立ち上がると、まなみは慌てて周囲を見回す。 駅前の通りを南下したまなみはもう一本の幹線道路と合流するY字交差点にいた。途中、交差点の中洲にあたる場所に交番を見つけていたのだ。 「あ、……あれ?」 しかし、交番に人影がみえない。 さらに向かいの通りにある、どこかの領事館らしき建物に目をやる。 それは、地元の者であればだれもが知る、常時、機動隊員が警備している建物だ。 今も正面入り口に府警の大型トラックがあり、その物々しさは異彩をはなつ。 しかし。 「警察が、いない?」 まなみは走ってきた道を振り返る。 最初の爆発があった場所は駅ビルに遮られてみえない。 ひたすら走ったとはいえ、ゆうに5分以上、いや10分は経っているはずだ。なのにパトカー一台見かけないとはどういうことか。 困惑するまなみのすぐそばで鈴の音が聞こえた。 まなみに握られた腕の逆の手が差し出されている。 紐に結わえられた鈴がぶら下がって、コロコロと鳴っている。 しばし鈴を見つめる。 そして、真剣な面持ちで一度だけうなづく。 「大丈夫、ちゃんと、大事に預かっとくよ」 まなみが鈴に触れると同時に女性の手から力が抜けた。 まなみは掌中の鈴を握り締める。 「ちゃんと、あなたのことは覚えておくから」 言い残してまなみは再び走りだした。 事切れた女性の腕、まなみに握られていた方の手首に、紐で結わえられた鈴があった。 まなみが手渡されたと思って持ち去った鈴と同じ物のようだが、ひしゃげてしまっている。おそらく鳴らなくなっているだろう。 女性が、まだ鳴る鈴を持ち出して何をしようとしたのだろうか、今となっては誰にも分からない。 |
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