S4青木雅美

「最後の扉」は2つのコンテンツで構成されている。
 来訪者用と銘打たれてはいるが事実上荒れ放題の掲示板と、管理者である「まほろば」の不定期な日記がそれだ。
 雅美たちの目当ては当然掲示板の方なのだが、一日数十件を越える書き込み量にさすがに疲れる時もある。他のサイトへ移動して息抜きをするのが慣例だが、雅美は久々に日記を覗いてみることにした。

 夢見がちな少女の、相手に打ち明けられない想いの独白からはじまるそれは、読み手が赤面してしまうに充分だった。
 しかし読み進めるうちに純情路線が徐々にずれていく。
 告白できないがゆえに膨らむ妄想が妄想をよび、「好き」の一言が言えないがゆえに、眺めることを強いられ、屈折したストレスを溜める。
 そのストレスは相手への異常なまでの執着心に転嫁され、あげく所持品の無断借用をはじめ、無言電話、ストーキング、盗聴と、よくある歪んだ愛情表現というやつを一通りやってしまう。
 ここに至り、ようやく「まほろば」は告白を決意するが、相手から罵倒と嘲笑の袋叩きにあい自殺の決意をする。

 雅美は以前も見た日記をつまみ読みしながら画面をスクロールさせていく。
「さっさとやっちゃえば?」
 彼女は小さく呟いた。

 内向的で人との干渉を避け、そのくせ他人のプライバシーに無関心な「まほろば」は雅美の最も嫌悪すべき人物だった。
 だから「まほろば」の自殺宣言は彼女には懐疑的にしか見えない。昼間みなに見せたような「まほろば」に同情的な彼女とは違う一面がそこにあった。
 たしかに「まほろば」に同情を寄せられないわけではない。告白した時に彼女が相手からうけた中傷は日記の内容が4割がた脚色だったとして、それを差し引いても決して好意を寄せてきた者に対する言葉ではなかった。
 だから、雅美が「まほろば」を否定するのは、「まほろば」に非があると思っているためではない。

 今にしてみれば、言い過ぎたと思えなくも無い。
 でも、誰だって冗談だと思うはずだ、あんなのに告白された日には。

 日記を読んだ大抵の者は「まほろば」の気持ちを理解することからはじめる。しかし雅美は全く逆だった。だから彼女の弱さを見つけるたびに嫌悪した。
 失恋以降、「まほろば」は自殺方法を模索する。それも苦しまず、綺麗に死ねる方法だ。
 年頃の少女らしい発想といえるが、雅美は失笑する。死ぬことに美しさを求めるなんて結局は自殺を現実逃避の道具としか考えていないにすぎない。

 日記は例の電気毛布を使った自殺方法を発見したところで終わっていた。掲示板に画面を戻す。
 ブラウザの読み込み中を示すマークが揺れている。
 日記を読むとどうにもクラくなっていけない。嫌いなタイプの人間の独白なんて面白いはずもない。
 なのに、日記が更新されていないか気になってしまうのはなぜだろう。画面が切り替わるのを待ちながらふと思う。
 やはり、自分の体験と重なるところがあるからだろうか。傷つけてしまっただろう相手の気持ちを知りたいからなのだろうか。
 画面が一瞬暗くなって、掲示板が表示された。新しい書き込みが1件だけあった。

 たった一行の書き込みだが、雅美はなんのことか理解できなかった。息をのむ。
 そして突然熱病に憑かれたように体が熱くなって、頭の中が真っ白になる。


無題 投稿者:KE 投稿日:10月19日(金)00時11分20秒

 もうこんなことやめろ、クズ尾野



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