S5青木雅美

 朝、話した感触だと、どうやらみんな、あの書き込みを見ていないらしい。
 5限目の予鈴と同時にいつもの4人から離れた雅美は自席でまんじりとしている。
 みながあの書き込みを見れなかったのも当然だ、なにしろ1時間も掲載されていなかったのだから。
 自分に言い聞かせる。

 削除時間は今でも残っているのだが、書き込み時間は雅美の記憶の中にしかない。それも、あの時は書き込みの内容に釘付けだったから、かなり怪しい。だが今の雅美に記憶を疑う余裕はなく、無意識のうちに、すぐ消されたものだと決めつけていた。
 傍観者であった自分が当事者に祭り上げられるなどという急激な変化は彼女に冷静な判断を失わせていた。

 クラスの生徒なら、「まほろば」が誰で、書き込んだ人間が誰かはすぐに分かる。
 雅美は昨晩一睡もできなかった。決して教師に指名されない授業なのに、唐突に名指しされた時のような悪寒がずっと続いている。
「雅美、なにしてんの?」
 体育会系娘が視界に入ってきた。
「次、体育館だよ」
 背後から眼鏡っ子の声が聞こえて、雅美は顔を挙げた。
 いつもの4人組が席を取り囲んでいる。教室内は彼女ら以外に2、3人くらいしかいない。

 そうだ、みながあの書き込みを見ていれば、私に隠そうとしてもおかしくない。
 雅美を待ちながら談笑している4人の笑みが急にそらぞらしいものに見えた。
「どうしたの?体調悪い?」
 おかっぱ娘が気を使う。
「保健室連れてってあげようか?」
 雅美は努めて平静を装い、ゆっくりとおかっぱ娘に顔を向けた。
「保健室?あ、アタシも行く、いく」
「あんたは摩耶先生に会いたいだけでしょ」
 4人がどっと笑う。

 ここで怯むわけにはいかない。少しでも付け入る隙を与えてしまえば即イジメのやり玉に担ぎ上げられる。
「うん、大丈夫、ちょっと考え事してただけだから」
 二人の掛け合いに微笑む余裕をみせながら言うと、着替えの入った巾着を机の横から取り出して片方の手で机の中を探る。
 雅美は、思わず出そうになった声をなんとか飲み込んだ。
「はやくいこーよー」
「雅美、本当に大丈夫?」
 金髪娘を無視して、今度は眼鏡っ子が心配そうな顔をする。

「あ、うん、大丈夫」
 狼狽を巧みに隠して微笑むと、雅美は席を立った。
 弱気を見せない事は当然ながら、へたに強気になってもいけない。今は時間をおいて、裏付けは後で取ればいい。これが学校という集団内での雅美の処世術だった。
「ぜんぜん大したことじゃないから」

 雅美の机から貴重品の入ったポシェットが無くなっていた。
 これは始まりでしかない。雅美は予測しうる今後の展開に頭をフル回転させながらも、なんとか授業をこなすことができた。


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