S9ネカフェT

「こんなとこ初めて来た」
 隣室とパーティションで区切られた、手狭な個室内を見回した佐古はつぶやくと、マグカップのコーヒーをすすった。
「そうか? 一人になりたいときなんかよく使うけど」
 立ち上げたパソコンの画面を見ながら須藤が答える。
「へー、パソコン、漫画にテレビ、食べ物まであるんだー」
 手元にあった利用案内シートを眺める佐古は関心しきりである。
「そうさ、食い物には困らないし、外からもバレにくい、ファミレスやカラオケボックスと違って一晩中いても怪しまれない」
 須藤は顔をあげて横を見る。同じソファーの佐古を通り越して、折りたたみイスに腰掛ける吉巳を見据える。
 吉巳は目を閉じて、口元にティーカップを寄せたままの姿勢でじっとしている。
「身を隠すにはちょうどいい、ということか」

 学園を出た吉巳たちは、さらに電車で2駅移動し、駅前の漫画喫茶に入っていた。
 ここに案内した本人である吉巳は須藤の言葉に反応せず、逆に二人へ質問を投げかけた。
「占星術研究会が正式名称かな? そんな部活も同好会もなかった気がするけど?」
 ストレートな吉巳の物言いに一瞬たじろぐ二人であったが、すぐに須藤が答えた。
「うん、オレらが入学する前はあったらしい」
「今の3年生が1年生の時に作ったらしいよ」
 佐古がフォローをいれ、さらに続ける。
「それも、半年ちょっとで無くなっちゃったんだって」
「不祥事?」
 何度か頷いて、佐古は苦い表情を浮かべる。
「援交だってさ」
 吉巳は苦笑してみせた。
「そういう消え方をしたわりには、異様に元気だったね」
 さきほどの状況から察するまでもなく、普通の部活でないことは吉巳も承知している。それを肯定するように須藤が口を開いた。
「彼女らに言わせれば『儀式』だったんだそうだ」
 そして「人づてに聞いただけだから、本当のことか知らないよ?」と須藤は念を押した。
「学園の生徒が、男とホテルに入るところを何度か見られたらしい。で、先生に呼び出された生徒は――目撃された生徒って何人かいたらしいんだけど、みんな知らぬ存ぜぬの一点張り。まぁ現場押さえられたわけじゃないから、そんな言い逃れもアリだよな」
 吉巳はもとより、佐古も聞き入っている。彼女は占星術研の現状は知っているようだが、過去は知らないらしい。
「学園側もそれは予想してたらしくて、そのあと男の方とも話をしたそうだ。こっちも何人かの男と話したらしい。学園側は――ウチってブランド校みたいなところあるだろ? 警察沙汰にはしないからってことで持ちかけたら、男らも渋々認めたそうだ。が所詮は遊びだからな、顔はよく覚えてないとか、まぁ個人を特定するまでには至らなかった」
「サイテー」
 非難の声を上げた佐古は、須藤を凝視。
「そんなの知るかよ。でも名前は聞き出せた。こういうのには珍しく彼女らはみんなフルネームで名乗ってたんだな。だから男の方もよく覚えてたらしい」
「そ、そういうものなの?」
「ああ、だいたいは下の名前しか言わない。偽名だけど」
「と、経験者は語る」
「イチイチ話の腰折んなよ」
 須藤の一言一言に、むくれたり、感心してみたり蔑んでみたり、佐古とのやりとりに吉巳はつい頬を緩めてしまう。須藤はそれに気づいて「ごめんね久川さん」と苦笑してみせた。
「いや……調子が戻ってきてるようだから、いいよ」
「で、あ、そうか。その名前も偽名なんだけど、彼女らみんな同じ名前を名乗ってたらしいんだな。それでもう一度彼女らと話したときに先生側がその偽名を口にしたそうなんだ」
 そこで区切ると、和んでいた空気を正すように低い口調で須藤は続けた。

「彼女らの態度が一変した。『あれは儀式だった、自分を定着させるための儀式だ』ってみんな口を揃えて言い出した」
 吉巳が自問するように「自分?」とつぶやいた。
 今度は佐古が口を開いた。須藤の説明が彼女の知るところへ辿り着いたようだ。
「んで、その辺の事情はうやむやなまま、占星術研は廃部になっちゃったけど、活動は続いてたってワケ。なんて言ったっけ、『なんとかの雛鳥』とかってヘンな宗教みたいな……今がサイコーなんだからずっとそのままでいたいとか、よくわかんないんだけど……他の生徒も巻き込んで、噂じゃ先生とかも取り込んでるって……そんな」
 途端、声のトーンが低くなる。悲痛な表情で眉をゆがめている。
「まさか……ウチのクラスまで」
「『無垢なる雛鳥』な。それに噂じゃないらしい。学園長なんか率先して協力しているっていうし」
 つとめて冷静な口調で補足する須藤を、声を荒げて佐古がさえぎる。
「そんな、ありえないじゃん、死んじゃってるんでしょう? その人」
「もともと占星術研は、占いっていうより、魔術っぽい儀式とかに傾倒してたらしいからな」
 口調も変えずそう言い結ぶと、須藤は腕を組みソファーに座りなおした。察した吉巳は質問を投げた。
「その偽名が鍵なわけか。なんて名前なの?」




scene08 scene10