S11ネカフェU

 おかわりの紅茶を注いで戻ってきた佐古は、いくぶん落ち着いた様子で話し出した。
「学校の怪談てあるでしょ。七不思議とかオカルトっぽいヤツ。ウチにもいくつかあるんだけど、初代学園長のお孫さんに関連した話は二つ。7年くらい前からあるらしいんだけど」
「双子の東門と、頭巾の生徒だったよね」
 休憩時間だかに聞いた話を思い出しながら吉巳が言うと、佐古は頷いた。
「そう。初代学園長にお孫さんがいて、お爺さんが作ったこの学園に入学する3日前に交通事故で亡くなったっていうのが、根っこにあるんだよね」
「神野恵……」
 そこへ須藤が補足する。
「うん、実在したってのは本当らしいよ。戦争前の話だから記録とかは焼失したっていうけど」
「誰も信じてないんだけど、やっぱなんかさ、薄気味悪くて」

 吉巳は静かに席を立つ。つられて立とうとする二人を吉巳は制止した。
「二人とも今日は帰らないほうがいい。携帯電話は? 家族には連絡しておくといい」
 須藤も佐古も、首を横に振る。
「そっか、電話はそこのトイレの横にボックスがあるから」
「久川さんは? ……警察?」
 不安そうな須藤に吉巳は苦笑してみせた。
「こんなんじゃ取り合ってくれないよ」
「久川さん、ごめんね」
 今度は佐古が心配げな顔を向ける。
「その……、ガラス、割ったのもわざとだったんでしょ? アタシがパニくってるの助けてくれるために」
 上目遣いに、なんだか泣きだしそうになって佐古は、少し押し黙る。
「だって……、なんか今も余裕あるし」
 そもそも教室での一件は佐古本人がきっかけだったはずで、吉巳が窓を割る必要なぞどこにもない。
 ただ、あの印象が、吉巳を事態の張本人に仕立て上げてしまっていた。
「だから、無茶しないでね」

 しかし、吉巳はやはり苦笑してみせるしかなかった。
「ああ、ちょっと様子を見てくるだけさ」
 きびすをかえして個室を出る。オープンフロアを抜けると、外はすでに日が暮れていた。

 教室で三年生の女子生徒に話した事は、たしかに本心だった。
 内申を意識した打算含みの献身。
 集団に馴染めない質なのだと勝手に思い込む孤立。
 学校を転々とする立場であればこそ、つまびらかに見えてくる暗部。
 しかし、この学園にはそれらが感じられなかった。摩耶が言った事も一理あるのだろう。
 結局のところ周囲の評価を気にしている連中と比べれば、ささやかではあるが、一つの目的に向かっている彼らが幾分も清々しく感じた。
 無意識に両拳を硬く握り締める。
 吉巳はそのまま、駅に向かう人ごみにまぎれて行った。

 ちょうどそこへタクシーから降りる青年の姿があった。サインをすませカードを受け取ると、携帯電話を開いた。ほどなく目的の画像が出てくる。
 久川吉巳を正面からとらえた画像だった。隠し撮りの類ではなく、背景も真っ白でまるきり証明写真のようだ。
「あれが久川吉巳か」
「いいタイミングだね、瀬野君」
 携帯電話を操作する手を止めて振り返ると、思わず姿勢を正す。
「すみません、遅れました」
 声の主は笑顔で瀬野に答えた。
「すまないけれど、食事の予定はキャンセルだ」
「久川姉妹ですか?」
 即応した瀬野は、学園での一件もすでに知っていた。事前調査が甘かったとはいえ、学生だと侮っていた。
 声の主は、表情を強張らせて指示を待つ瀬野から、吉巳の消えた人ごみに視線を向けた。そして苦笑する。
「ああ、妹の方はおとなしくしていそうにない。おそらく自宅か学園に向かったんだろう、手配してもらえるかな?」




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