S14応接室V

 学籍簿とは、生徒が卒業あるいは転出した際に記録として残される。生徒の個人情報であるそれは基本的に各学校で扱われ、外部に出ることなく永久的に保存される。
 電子化された情報が裏ルートで流れる話は摩耶も聞いたことはあるが、テーブルに並べられた書類はコピーもあれば原紙もあった。
 吉巳が今まで転出した学籍簿であった。
「とまぁ、久川先生と彼女の転入転出時期はみごとに一致しているわけです」
 学籍簿は各学校で守秘されるのが原則だ。学生風情が簡単に入手できるものではない。
 つまり『神野恵たち』は学内で相応の影響力を持っている。彼女らの言う事を安易に妄想扱いするわけにはいかなくなった。
 学園長を傀儡とし、学内庶務も掌握されている。

「彼女はあなたの仕事を知っているんでしょう? いくら姉妹だからとはいえ、あなたと一緒に学校を転々とするのはおかしい」
 引っかかるのが、これだ。
 学籍簿を入手する影響力を持ちながら、学生一人にこだわっている。
 摩耶は黙考する。
 吉巳の何を恐れているのか、何を知っているのか。
 いや、逆か?
 何も分からないから恐れているのか、学内を掌握する立場であれば、呼び出すことなど容易いだろうに。
 そして気づいた。

 摩耶は一度だけ深呼吸し、
「そうね、彼女は協力者よ。私の仕事を、彼女は特殊な才能で手助けしてくれる、重要な協力者よ」
 と、おもむろに切り出す摩耶の声には余裕がうかがえた。
「降参だわ、神野恵さん。わたしはあなたの事を侮っていた。要因はどうあれ所詮、副人格だと。でもあなたは違う。思考に一貫性があるし、行動力もある。だから、吉巳の話をするわ」
 摩耶はそこで上体を起こす。その表情は嬉しそうだ。
「神野恵さん、その代わりにあなたに教えて欲しいことがある」

 対する女子生徒は冷笑してみせる。
「久川先生、いまさら取引のつもりですか?」
「これでも譲歩しているのよ? こんな、拉致に限りなく近い状況で、文句一つ言わずにいるのは可愛い生徒たちを大事に思っているからなのよ?」
 あくまで強気な摩耶に、女子生徒の表情がにわかに硬くなる。
 そこへ一人の女子生徒が入ってきた。やはり三年生だった。
 眉の上で切りそろえた前髪に、化粧っ気のない顔、後ろ髪は肩口で切りそろえられている。学則の模範ともいえそうな生徒だ。
 静かに扉を開けはしたものの、ノックもしない。おそらく彼女も神野恵なのだろうが、入室のタイミングに意図を感じる。

 強く押しすぎたか、と摩耶は肩をすくめてみせた。
「あ、言い方がまずかったね、ごめんなさい。でも取引なんかじゃないわ、これは本当。現に私はこの学園に来た本当の理由を、貴方たちに握られているわけだし。でも、これは関係ない」
 二人の女子生徒を見る摩耶の目は活き活きとしていた。
「予犯委の調査とは違う、私個人の研究課題として、貴方に興味がわいたのよね」




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