S18応接室X

「そもそも、降霊において依り代は必須ではないんだ。現世に定着させる器は、物理的なモノである必要はない。唯物論の信者には、その発想がなかったんだね。
 彼女らの術式は、まったくもってでたらめだった。
 けれど、押さえるべき要所が詰められていたのは、理解しかねる偶然だ。
 ともあれ、いくつかの儀式を経て、神野恵は彼女らの集合意識に落ち着くことができた。
 ついに神野恵の生前の願いは叶ったというわけさ」
 思わず摩耶は口を挟んでしまう。
「その言い方。今の貴方は『神野恵』と名乗るけど、少し変化したのかな?」
 ソファーに腰深く座る神野恵は、ゆったりとした口調で答えた。
「そう、今在るのは、神野恵と占星術研の彼女らの意識が織り交ぜられている状態だからね。
 貴方がたの言うところの人格統合というやつに近いのかな。けれど、そうだな、霊だとか魂なんて言うといかにも怪しいものだけど、先生が言うところのパーソナリティだかになぞっても案外しっくりくるのかもしれないね。
 とはいえ、神野恵は学園に居ることを望んだ。生前の悔恨だったからね。
 そしてまた、占星術研の彼女らの望みは、今在る自分たちが、そのまま在り続ける事だ。
 ここに、神野恵と彼女らの利害が一致したというわけさ。
 さて、今の彼女らには、いくつもの選択肢が用意された未来がある。
 周囲にも期待され、いづれを選択したとしても、それを成し遂げるであろうエネルギーが、この時期の少年少女たちには有る。久川先生にもあったんじゃないかい?」

 摩耶自身、そのような輝いた学生生活とは無縁であった。
 ずいぶん鬱ってたよなー、ピアジュやプライヤーにハマったのはあの頃だったよなー、などと苦笑まじりに思い出す。
 ただ、クラスメイトたちが、遊びにバイトに勉強に、はたまた恋愛に奔走しているのは見てきたし、その活力には感心したものだ。それと同時に羨ましくも思った。
 たしかに彼女らは輝いていたのだ。

「けれど、ひとたび道を選んでしまえばそこまで。
 汗臭い社会というものに埋没していくだけ。
 そんなのつまらないだろう。つまらない選択を下すのは、ただただ苦痛だ。
 じゃあ、先送りしていればいいのか、と言われるとそうもいかないよね。まったく子供じみたわがままでしかない」
 そう言って、神野恵は手を目の前にかざした。
 手のひらを軽く握ると、パチン、と指を鳴らしてみせる。
「だから視点を変えてみた。
 そう、社会が変わればいい、とね。
 そのためには、絵空事では済まない、現実への影響力が必要になった」




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