S26グラウンドU

 晴天だった。
 4階建て校舎の屋上といえば、地上から十五メートルくらいだろうか。そんな高さで、かつ遮蔽物のない開けた場所ですら風のない良い天気だった。

「もう時間過ぎてんじゃない?」
 眼下の緊張とは無縁な、至極軽い口調で隣の女子生徒が言った。
「かもねー」
 軽く応じたのは、5人目の神野恵だった。何か思い出したように苦笑を浮かべる。
「それにしても、まさか窓から脱出するとは思わなかったけどね」
「アレはビビったわ」
 つられて笑いだす。
「案外そそっかしい人だったね」
 二人のやりとりに、反対側に立つ女子生徒が加わった。4人目の神野恵だ。
 摩耶からこちらが見えたということは、逆も然りだ。屋上に立つ神野恵たちにも、摩耶が校舎にぶら下がる様は見て取れた。
 どうやら扉の施錠を確かめもしなかったらしい。

「あんたたちがやりすぎなのよ」
 少し離れた別の神野恵が指摘する。その口調は非難する風でもなく、むしろ楽しそうだ。
「ホラ、あの人って学者じゃん。思考に行動が伴わないんじゃない? あーゆー人って」
 4人目の神野恵が言い訳だかなんだか分からない台詞を聞きながら、5人目の神野恵は足元を見る。
 高所恐怖症というわけではないが、さすがにぞっとする高さだ。
 だが、それよりも感じる高揚感に、つい口元が緩む。
 眼下に望むのは、右往左往する有象無象。
 無関係な生徒たちは突然の事にただ慌てるだけだろうし、彼女たちを知る者とて、どう対処すべきか混乱しているだろう。
「最後に楽しませてもらったわ」
 そうつぶやくと、堪らえられなくなって笑い声をもらす。
「コラ、あんまり騒いじゃ下に聞こえるよ」
 今度は真面目な口調で窘められた。
 けれど笑いは止まらない。
「コレくらいの壊れ具合のほうがいいんじゃない?」
 そう言ってまた笑い出す。

 最初は怪訝そうに見つめていた女子生徒たちも、なんだか良く分からないが、可笑しくなってきた。
 眼下の人々は、多種多様だった。
 ただ呆然と見上げる者や、大声でこちらに叫ぶ者、写メを撮る者、どこかに連絡している者。どのような思いで彼女たちを見ているのか、などという仔細は関係ない。衆目が全て彼女たちに集まっているという事実。
 そして理解する。ああ、これは確かに滑稽だと。

 一人、また一人と笑い声を漏らしはじめた、その時だった。
 神野恵たちが持つ携帯電話が一斉に着信音を鳴らした。
 特定のアドレスから送られたメールに対応した着信音。

『禁じられた遊び』

 知っている。なにしろ彼女たちが決めた曲なのだから。そして鳴るはずのない曲だったのだ。
 笑い声は止んでいた。
 どの神野恵も携帯電話を取り出す。メールを開かずにはいられなかった。

『飛ばない雛鳥の死に場所は巣の中にしかない』

 一人、また一人と。青ざめた表情で、崩れるようにその場に座り込んだ。




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