---- 教室
「ねねっ、テレビ来てるって」
「マジ?」
「マジマジ、クラブの子がインタビュー受けてるって」
 2、3人の生徒が嬌声とともに教室から駆け出してゆく。得体の知れない何かに対する高ぶりが、放課後独特のざわめきに拍車をかける中、一人、週刊誌を読みふける少女がいる。
 別段珍しい光景ではないが、周囲の浮き足だった雰囲気が逆に彼女を浮かせていた。

 彼女が手にしている雑誌は先週発行されたものだが、ここ数日の間に生徒、教師問わず学園に関係する者で知らない者などいなくなってしまったいわく付きの代物である。
 当然、雑誌などは没収の対象となるのだが、本来あるはずのない春期休暇中の登校日の対応に学校側は慌ただしいだけで、咎める教師は誰もいなかった。

 彼女は同じページを何度も読み返していた。その記事には「通り魔」「連続殺人」「猟奇」などの血なまぐさい単語が端々に見られる。
 4度読み返して、彼女は記事の中ほどに視線を戻した。

「3月15日、市立妙寺高等学校2年・野田敬子。3月23日、私立園井大学付属高校3年・丸山友恵」
 人差し指の背でくちびるをなでながら小さく記事を読み上げる。
 そして最後に、
「4月3日、聖ラカエル女子学園2年・和歌瀬園子」
 本日、全校生徒が呼び出される原因となった人物の名を呟いた。

 視線を雑誌に向けたまま、少女は今日の葬儀を思い出す。
 とても静かだった。
 葬儀なのだから、至極あたりまえすぎる感想だが、彼女は心底そう思った。
 体育館の舞台に設けられた祭壇には写真がかざられていた。陶器のようなきめ細かな白い肌と黒い艶やかな髪が印象的な美しい少女である。静かな美しさが日本人形をイメージさせた。
 とても静かだと感じたのは、和歌瀬園子のイメージと重なるためだと今になって気づく。

「紗々川さん」
 雑誌を閉じて振り返る。クラスメートの子だ。
「これから、みんなで食事に行こうと思うのだけど」
「ごめんなさい、私、図書館で調べ物があるから」
 紗々川と呼ばれた少女はそう言ってから、はっと息をのむ。
「あ、そう」
 誘いに来たクラスメートは無感情に言うと、さっさと席を離れていってしまった。その先には雑談に興じる3人組が見える。
 少し遅れて紗々川も席を立った。なんとなく逃げているような気がして嫌だったが、見えるところで陰口をささやかれるのはもっと嫌だった。

 廊下に出て、紗々川はため息をついた。
「また、やってしまった」
 と後悔する。
 人と話をするときは、要点をまとめて簡潔に応えるようにしよう。つまらない話題で間をもたせるのは相手にとって失礼だ。
 そう決めたのはいつのころからだろう。
 それが他人には冷たい態度に見えるらしい。だからクラスでも浮いている。

 紗々川は廊下を進む。途中、何人かの生徒が彼女に会釈して通り過ぎる。一年生たちだ。紗々川が二年生なのは、制服の襟のデザインでわかる。

 そもそも、こんな学校に在籍していること自体、自分を浮かせているのだ。紗々川は改めて思い返す。
 有名証券会社の要職に着いていた父は今でも現役の時と、そう態度は変わっていない。だから新しい職場を転々としている。
 それでも娘は上流階級の子女が通う学校に入れたいらしい。
 紗々川が両親に憤りを覚えたのは高校に入る少し前だ。
 当時彼女の通う中学校もこの学園よろしく世間では「金持ちの子が通う学校」で有名な所だった。

 階段を降りたところで、紗々川はクラスの担任とすれちがう。
「さようなら、シスター」
「はい、気をつけて」

 中学校は禅宗だった。当然、高校も同じ系列に通うことになるだろうと、幼いなりにも予感していた。しかし、ここはキリスト教・カソリック系私立高校だ。
 紗々川はひどく落ち込んだ。両親の節操のなさに。
 同時に怒りも感じた。大人の見栄というものに。
 だからといって、反抗しようだとか、家出しようという考えは全くなかった。
 理由はどうあれ、まともな学校に通わさせてもらっているのは事実であるし、その恩はしっかり受けとめて、将来は親に返してあげるのが、子供の義務だと紗々川は思っている。
 そのためか、紗々川の学内での成績はかなり良い。
 彼女の素性を知る者は疎ましく思ったものだが、紗々川にとって逆にやる気を起こさせる一要素になるだけだった。両親に対する建前と本音のジレンマがはけ口を求めた結果なのだろう。
 そんな両親とも正月以来会っていない。「良いレポートが書きたい」といって、春休みは寮から出なかったためだ。彼女なりの反抗だったのかもしれない。

 ちょうど図書館へ続く渡り廊下に出たところで立ち止まり、苦笑した。
 なにを勝手に怒っているのだろう。
 興奮気味な気分を紛らわそうと手すりに近づく。グラウンドが一望できた。

 ウォームアップに入る陸上部、紅白戦をはじめているラクロス部。春休みであろうと、クラブ活動は別問題なようだ。
 その奥。グラウンド突き当たりに見える校門にはマスコミの人間と生徒が数名、さらにそれを囲む生徒たちの黒だかりが見えた。
 先月から起こっている連続女子高生殺人事件、第3の被害者である和歌瀬園子がらみであることは間違いない。
 紗々川は嫌悪感をおぼえた。冷めた目で見つめる。
 無神経な報道や、それに喜んで答えている生徒たちに嫌悪しているわけではない。
 だから、死者への同情や侮辱といったものが彼女の持つ嫌悪の根幹を成しているわけでもないのだ。
 ではいったい何なのか。
 彼女自身、何度も繰り返した疑問。結局漠然としすぎていて答えは出ない。

 他人の事情に顔を出せる余裕が自分たちにはある、とひけらかしているような、まるで、すべての生き物の中で自分たちが最も優れている、そんな傲慢さが嫌なのかもしれない。
 傲慢?
 彼女は苦笑する。それを言うなら、自分もその一人なはずだ。


 
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